水穂会について

日本人による和歌や俳句は、わたくしたちが住む四季が移ろう、この風土の言葉でしるされています。
「かな書」とは、その言葉をたいせつにして、言葉が暗示する情緒をも汲み取って、
ある時は美しく、ある時は力強く、またある時は寂しく幽玄にと、さまざまな姿で仕上げていく芸術です。

水穂会ははじめ、昭和初期に日比野五鳳(文化功労者・日本藝術院会員)が
その門弟と作った小さなグループから展開して、1963年に水穂会と名称を変更して正式に発足。
京都市美術館にて第1回水穂書展を開きました。
その時の第1回展に出品された五鳳の作品は、現在東京国立博物館に所蔵されている「いろは(六曲屏風)」であり、
その後も数多くの作品が水穂書展に出品されました。

日比野五鳳は1901年に生まれ、岐阜県の大垣市の近郊にて育ちました。
若くして書の才能を開花させ、25歳で京都に上洛してからは、
日本人が日本人のオリジナルの感性で作り上げた「かな書」に専門を絞って活動、
その後日本の成長期に準じて書道人口も増え、同時に五鳳の評価も全国的になり、
水穂会も規模を大きくしてまいりました。
しかし五鳳は名声や会派の規模よりも自らの芸術を深め、
1985年になくなるまでの生涯を作品制作に捧げました。

その後代表には、同じく文化功労者で日本藝術院会員となった
比野光鳳が就任し(2017年まで会長)、活躍を広げました。
また、五鳳門下の俊英であり、いまなお芸術の深みを追求している池田桂鳳、
すでに日本の女流書家としては最高の実力を持つ土橋靖子などの数多く有力作家を要し、
現在日比野 実が会の運営を務めております。
水穂会は、五鳳が生み出した「わびさび」と光鳳が生み出した「雅」というふたつの世界感を統一し、
「清らかな姿」「すっきりとしたムード」の中に見える躍動感を表現することを
作品制作のかなめとしています。

日比野 実(略歴)

1960年京都市生まれ。幼少期より祖父・日比野五鳳の元で書道を学ぶ。
1983年同志社大学文学部卒業。学生時代から書道教室で指導を開始。
その後、京都教育大学附属高等学校で芸術科の講師となり、龍谷大学、京都府立大学、
京都大学の文学部講師を歴任。
2000年と2002年には日展特選を受賞して、2009年初審査員。2011年日展会員となる。
2017年東京都知事賞を受けた。
ほかにも現在、読売書法会審査員部長代行。日本書芸院総務部長。
同志社大学文学部講師。花園大学文学部教授。
所属社中である水穂会では、2017年に父・日比野光鳳の後任として会長に就任している。